2、事情1
壁一枚隔てた隣りの家、水沢の家は、もともと原田家のものだ。
あれは今から30年程前、当時勤めていた高校の英語教師を定年退職し、進学塾の英語教師をしていたおじいちゃんは、いつものように、勤めを終え、いつものように、パチンコをし、いつもの駅前の小料理屋へ行き、いつもなら二合でやめていた熱燗を、その日は、パチンコが当たったもんだから、調子に乗って三合呑んでしまったのだ。そして、酔っぱらった勢いで、小料理屋のおかみさん、水沢チカに、家の一部を貸す約束をしてしまったのだ。
だんなと、なんらかの理由で離婚し、娘ふたりを女手ひとつで育てていかねばならぬ水沢チカにとって、これはいい話であったに違いない。
女は、すぐに原田の家へやってきて、呆然とするおばあちゃんを横目に、原田家の奥の六畳ほどの書斎一室の入口に壁を設け、あれよこれよという間にその書斎の前の、原田家の庭である土地に、もうひと部屋増築し、さらに、平屋を二階建てに建て増ししたのであった。
原田家と女の家を仕切るその壁は、それはそれは見事な頑丈な壁であった。